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YU IIDA MEMORIAL

記念館

  • memories

回想録  続けてきたから今がある

  • 代表取締役:
  • 宮﨑優子

  • 飯田裕との関わり:
  • 2002年 弦楽器製作を学ぶため弟子入り
    2020年 樅楓舎工房を引き継ぐ

2001年の夏、当時、山梨県山梨市内の山奥にあった工房で、初めて飯田裕製作の楽器の音を聴きました。
初めて工房を訪れたその日は、当時飯田が指導をしていたジュニア・アンサンブルの子供たちが集まり、練習を行う日でした。
主に小中学生で構成されたメンバーが奏でる音と、活気にあふれる音楽が印象的でした。
当時弦楽器との関わりは学生オーケストラで3年の経験しかなかった私にとって特にヴィオラは、これまでに聴いたことのない音量と音色で本当にびっくりしたのをよく憶えています。
その日の練習後に飯田製作のヴァイオリンを弾かせていただき、そこでも健康的なハリのある音と、美しい楽器に素人ながら驚き、感動した事を思い出します。
そこから1ヶ月の体験入門を経て、私は楽器にすっかり魅了され、ただただ、「楽器をつくりたい」という動機だけで翌年山梨に引っ越し、弟子入り生活を始めました。

飯田が亡くなるまでの約20年の間には色々な事があり、エピソードには事欠きませんが、その中でも思い出すのが、弟子入りしたばかりの時に言われた言葉です。
「この先色々な事があると思う。辛いこともあると思うが、一つだけ、絶対に決めておくといい事がある。それは、“絶対にやめない”と決める事だ。
続けてさえいれば絶対に先があるんだ。やめることは簡単だ。だけど、やめてしまったら全てそれまでになってしまうんだ。」

この言葉通り色々な事がありましたが、なんとか這いつくばり続けてきたからこそ、今があるのだとほんとうに実感しています。
続けてこられたのは、自分で辞めないと決めたからでしょうが、辛い時も踏ん張る事が出来たのは、楽器に魅了され、ヴァイオリンバカと言っていいほど、楽器(と楽器作り)がほんとうに好きだからだった、と改めて自覚しています。

飯田が魅力的な楽器を作る職人であったのは、本人の努力とセンスはもちろんだと思いますが、支えてくださった周りの方々なしには絶対に有り得なかったでしょう。
楽器を評価・演奏してくださった方、ご家族、樅楓舎のメンバー、ご友人その他ご縁あったたくさんの方々が、この我儘な職人の仕事を認めてくださったからこそ、たくさんの楽器がいまもなお生き続け、音楽を奏でられています。
私もその恩恵を受け、楽器製作を学び、今、自分で楽器を製作する事まで出来ています。さらに、飯田を知るたくさんの方々に引き続き支えられていて、ほんとうにご縁の繋がりに感謝しています。

これからも楽器が好きで、作り続けていくことと思います。続けていれば、いろいろな展開が待っているでしょう。自分が作る楽器からも音楽に留まらない、多種多様な循環が生まれるといいなと思っています。

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